大阪地方裁判所堺支部 昭和33年(ワ)13号 判決 1961年6月05日
原告(反訴被告) 宮内治
被告(反訴原告) 桜井喜久 外四名
主文
一、被告(反訴原告)五名は原告(反訴被告)に対し別紙目録記載の物件につき
(一) 昭和二十八年十一月二日大阪法務局鳳出張所受付第五八〇六号原因同年十月三十一日売買予約、取得者原告の所有権移転請求権保全仮登記の登記原因を昭和二十八年六月二十日売買と更正する手続
(二) 右仮登記に基づく所有権移転の本登記手続
をなすべし。
二、被告(反訴原告)桜井喜久、桜井忠平、桜井岑は原告(反訴被告)に対し別紙目録記載の物件中第一号及び第六号の建物を明渡すべし。
三、前項に限り原告(反訴被告)において金十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
四、反訴原告(被告)等の反訴請求を棄却する。
五、本訴及び反訴における訴訟費用はいづれも被告(反訴原告)等の負担とする。
事実
申立
本訴についての原告(反訴被告、以下原告と称する)の申立
第一、主たる請求
一、被告(反訴原告、以下被告と称する)等は原告に対し別紙目録記載の物件につき
(一) 昭和二十八年十一月二日大阪法務局鳳出張所受付第五八〇六号、同年十月三十一日売買予約を原告とする原告名義の所有権移転請求権保全仮登記の原因を同年十月二十日売買と更正する手続
(二) 右仮登記に基づく所有権移転登記手続をなすべし。
二、被告桜井喜久、桜井忠平、桜井岑は原告に対し右物件中第一号及び第六号記載の建物を明渡すべし。
三、訴訟費用は被告等の負担とする。
四、第二項につき仮執行の宣言を求める。
第二、予備的請求
一、被告等は訴外宮内繁治に対し別紙目録記載の物件につき売買を原因とする所有権移転登記手続をなすべし。
二、被告桜井喜久、桜井忠平、桜井岑は原告に対し右物件中の第一号及び第六号記載の建物を明渡すべし。
三、訴訟費用は被告等の負担とする。
本訴についての被告の答弁
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
反訴についての被告の申立
一、原告は被告に対し別紙目録記載の物件につき大阪法務局鳳出張所昭和二十八年十一月二日受付第五八〇六号原因同年十月三十一日売買予約、取得者原告なる所有権移転請求権保全仮登記の抹消手続をなすべし。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
反訴についての原告の答弁
被告の請求を棄却する。
第一、本訴の請求原因
一、原告の主たる主張
(一) 原告は昭和二十八年六月二十日訴外桜井基(以下被告先代と称する)の代理人訴外南宗雄より被告先代所有に係る別紙目録記載の土地建物(附属の畳建具及び地上の植木一切有姿のまま)を売買代金を金百万円とし内金五十万円は手附として契約成立と同時に支払い残金五十万円はその後売買物件の明渡及び所有権移転登記と引換に支払りとの約定で買受ける契約を結び原告は右約定に基づいて右南宗雄に対し即日手附金五十万円を支払い残金五十万円は同二十八年十月二十日に支払つたがその当時原告は右物件を他に転売するつもりであつたので同年十一月二日その登記を受けるに際し費用の点を考えて所有権移転請求権保全の仮登記を受けておいた、その際被告先代より後日本登記手続に必要な委任状及び印鑑証明書を受領し第三者に転売した場合には右受領の委任状、印鑑証明書をもつて直接第三者名義に登記することの承諾をも得てあつたがその後原告は転売することを止めたので原告に対して右物件の明渡と本登記を受けようとしたところ被告先代は右南宗雄との間の貸借関係の清算について紛争が生じたことから右明渡を拒み且つ改印届をしておいたため右受領してあつた書面によつて本登記を受けることができなくなつた。
(二) 原告は右仮登記の際その手続を訴外北野司法書士に委任するに当り深く考へずに登記原因を昭和二十八年十月三十一日売買予約としたために右仮登記はこれを原因とする所有権移転請求権保全の仮登記としてなされているが事実は前示主張のとおりで原告と被告先代間の同年十月二十日の売買契約に基づくものでこれと別個に売買予約なる取引があつたものではない、よつて右仮登記の原因を右事実のとおり昭和二十八年十月二十日売買と更正すべきものである。
(三) 被告先代は昭和三十三年十一月十日死亡し被告等がその相続をしたので被告先代の義務承継者たる被告等に対して右仮登記の更正及び所有権移転の本登記手続を求めると共に右売買物件中の第一号、第六号の建物を被告桜井喜久、桜井忠平、桜井岑が占有しているので同被告に対してその占有部分の明渡を求める。
(四) 被告の主張に対する主張
原告は父訴外宮内繁治を代理人として右売買契約を締結しその代金を支払つているものであるがその際右宮内繁治は自分の子供の代理人として交渉に当つていた関係上且つ法律的に素人であつたことから相手方より買主が原告であるか又は宮内繁治であるかについて何等特別の申出もなかつたので自分が原告の代理人であることの念達をしていなかつた、しかしながら代金支払後登記をする際には買主は原告であると被告先代に念達しその承諾の下に原告名義に登記を受けることの委任状及び印鑑証明を受領したものであるから右売買契約の買主は原告である。
二、原告の予備的の主張
仮に右売買契約の買主が原告であると認められない場合の主張として原告は昭和二十八年十月二日頃訴外宮内繁治から同人が同年六月二十日に被告先代から買受けた原告主張の物件についての贈与を受けその所有権を取得しその登記については被告先代から原告に直接になすことの承諾を得たので右特約に基づき同年十一月二日被告先代から右物件についての所有権移転登記に要する必要書類を受領し費用の点を考慮して原告名義に仮登記を受けたものである。
その余は右主たる主張において陳述したるところと同一である。
第二、本訴の予備的請求の請求原因についての原告の主張
仮に主たる請求が認められない場合の主張として訴外宮内繁治は昭和二十八年六月二十日被告先代の代理人南宗雄から代金を百万円と定め同日金五十万円の手附金を支払い残金五十万円の支払と引換に右物件の明渡と所有権移転登記をすることの条件で原告主張の物件を買受け右宮内繁治は右手附金五十万円は即時に残金五十万円は昭和二十八年十月二十日までに支払つて右物件の所有権を取得した。
原告は昭和二十八年十月二十日頃右宮内繁治より右物件の贈与を受けたが被告先代は右宮内繁治に対し所有権移転登記手続をしないので原告も右宮内繁治からその所有権移転登記を受けることができないものである。
よつて原告は右物件に対する右権利を保全するため訴外宮内繁治に代位して被告等に対し右物件につき右売買を原因として同訴外に対し所有権移転登記の手続をなすことを求めると共に別紙目録記載の第一号、第六号の建物を占有している被告桜井喜久、桜井忠平、桜井岑に対してその明渡を求める。
第三、反訴についての原告の答弁と主張
被告主張の仮登記の存することは認めるがその余の被告主張事実を争う、右仮登記は原告が本訴において主張した事実に基づいてなされた有効なる登記である。
第四、原告の立証と証拠の認否
証人南宗雄、宮内繁治(二回)広谷繁雄、南ぬい、上阪康夫、宮内三郎右ヱ門及び原告本人(二回)の尋問申出甲第一、二号証、同第三乃至七号証の各一、二、同第八号証、同第九号証の一乃至三の提出乙第一号証の成立は認める、同第二号証、第四号証、五号証の一、六号証の一は官署作成部分の成立は認めるがその余の成立は不知、同第三号証、五号証の二、六号証の二の成立は不知。
第五、本訴についての被告の答弁と主張
一、原告の主たる請求についての原告主張の事実中原告主張の仮登記がなされていること及び被告先代が改印届をしたことは認めるがその余の原告主張事実は否認する。
被告先代は負債整理の必要上原告主張の物件を処分して金策することとして二、三の買手と交渉していたところ訴外西久保彰彦が百三十万円の買手を見つけてくれていたに拘らず訴外南宗雄、広谷繁雄が昭和二十八年六月十八日に被告先代を呼び訴外宮内繁治に右物件を代金百万円、手附として五十万円を支払い残金五十万円は登記の際に支払う、仲介人に対する謝礼は買主の負担とする、買主は右物件の屋敷内に工費五万円を出して古材で家屋を建て被告先代等をこれに住居せしめるとの条件で売買するように仕向けて承諾せしめ被告先代はその旨の売買契約書に署名捺印してこれを右宮内繁治に渡しその際右広谷に脅かされて右宮内との売買については右南を代理人とする旨の委任状を書いてこれを同人に渡した。
以上のように不本意ながら右売買契約を結んだがそれは訴外宮内繁治との間になされたもので原告との間の契約ではない。
ところが右宮内繁治は右手附金ができなかつたので泉佐野の織屋から五十万円の小切手を借りて来てこれを右広谷に渡し同人が銀行で現金にして来たがその内の金四十万円を右南に支払つたのみで残りの十万円はこれを右宮内繁治に戻している、そのために同人は右南に対して楠の古木の火鉢、絨緞、軸物を、右広谷に対して電蓄外一品をその謝礼として渡し右三者の間において手附金は五十万円授受されているように申合せをしているが実際はその内の十万円は支払はれていないものである。
被告は負債整理の必要から右物件を処分したものであるから直ぐ金が要つたのに右宮内繁治は右のように手附金の十万円を支払はないのみか残金の五十万円についても仲々払つてくれないので困つていたのに拘らず右南宗雄は被告先代の委任の趣旨に反して右宮内繁治と通謀して昭和二十八年十一月二日被告先代に内密で右物件について原告を取得者とする原告主張の仮登記を受けてしまつた。
その後昭和三十年七月二十五日に被告方で開かれた親族会議の席上右南宗雄の妻が持つていた乙第一号証の売買契約書により右物件は百十万円で売買されているのに被告先代に対しては百万円の売買であると欺いていたことが判つたがそれ等の事実と残りの代金を被告先代に払つてくれないことから昭和三十年八月九日頃訴外宮内繁治から右南宗雄を通じて代金を支払うから先づ所有権移転登記をするようにと要求して来たけれどもこれに応じなかつたものである。
ところがその後右宮内繁治は昭和三十年十一月十日頃右代金の一部として金三十万円を右南宗雄に支払つたが同人は被告先代にこれを渡すことなく自己の手許に所持していた、そのようなことで登記が完結しないので右宮内繁治は昭和三十年十二月五日右物件を百十五万円で売戻すと云つて来たので被告先代はこれを承諾しよつて即座に同人は右南宗雄から同人が保管していた右残代金の内の金二十九万円を持ち帰つたものである。
右の次第で原告主張の物件は原告に売渡したものでなく又その物件を買受けた右宮内繁治との間においても右買戻し契約によつて同人の所有でなくなつているものである。
二、原告の予備的請求について原告主張の売買契約が成立していることは認めるが右売買契約は前段主張のとおり訴外宮内繁治と被告先代との買戻し契約によつて同人の所有でなくなつているものである。
三、よつて原告のいづれの請求に応ずることができない。
第六、反訴の請求原因についての被告の主張
別紙目録記載の不動産は被告等の所有であるところ右物件について原告との間に何等の取引もないのに反訴についての申立記載の仮登記がなされているからその抹消登記の手続を求める。
第七、被告の立証と証拠の認否
証人堀田管善、南宗雄、藤沢正真、西久保彰彦、被告本人桜井岑、桜井忠平の尋問、証拠保全手続における被告本人桜井基の尋問(証人尋問調書として作成せられてあるがその当時被告本人でありその後死亡して現在の被告が受継したもの)申出、
乙第一乃至四号証、同第五、六号証の各一、二の提出甲第一号証は官署作成部分の成立を認めるがその余の成立は否認、同第二号証、六、七号証の各一、二、同第八号証、同第九号証の一、二の成立は認める、同第三号証の一、二、同第五号証の一、二、同第九号証の三の成立は不知、同第四号証の一、二の内被告の印影は被告のものであることは認めるが被告が押捺したものではない、その余の成立は不知。
理由
先づ本訴について判断する
成立に争のない甲第二号証の委任状、同第七号証の一、二の権利証、同第九号証の一の仮登記申請書、同号証の二の印鑑証明書貼付の委任状、証人宮内繁治の証言によつて成立を認める甲第一号証の仮登記申請書の登記済、同第三号証の一の領収証、同号証の二の売渡証書、同第四号証の一、二の委任状、証人宮内三郎右ヱ門の証言によつて成立を認める甲第九号証の三の委任状、証人南宗雄の証言によつて成立を認める乙第五、六号証の各一、二の封筒と手紙、及び証人南宗雄(第一、二回)、宮内繁治(第一、二回)、広谷繁雄、南ぬい、宮内三郎右ヱ門、堀田管善、藤沢正真の各証言並びに原告本人(第一、二回)被告本人桜井岑、桜井忠平、桜井基(証拠保全において証人として尋問されているもの)各尋問の結果を綜合すると
一、被告先代桜井基は近畿相互銀行その他に負うていた債務を原告主張の物件を売却した代金で整理しようとして妻の兄に当る訴外南宗雄にその売却方を委任していたこと
一、原告は右南宗雄から頼まれた訴外広谷繁雄の仲介で右物件を買はうとして実父の訴外宮内繁治に頼んで右南宗雄との間にその交渉を進め昭和二十八年六月二十日に右物件を代金百万円として手附金五十万円を即時に支払い残りはその後登記及び家屋明渡と同時に支払うとの約束で売買契約を結んだが右交渉に際して買主が原告であり右宮内繁治は原告の代理人であることを相手方に告げていなかつたけれどもその後昭和二十八年十一月二日原告主張の仮登記を受ける際に買主は原告であることを右南宗雄に告げ同人も右契約は最初から原告が買主として契約したものであることを承認した結果原告名義に原告主張の仮登記を受けたことが認められること
一、右売買代金は契約と同時に手附金として金五十万円、同年十月二十日までの間に二回に亘つて残金五十万円をいづれも被告先代の代理人たる右南宗雄に支払はれ同人は被告先代のために受取つたものであるところ、同人は被告先代の債務の保証人であり又は同人の顔で借財してやつたものもある関係もあつて右受領した売買代金をもつて被告先代の負債整理の衝に当ることとなり右代金の一部を被告先代に渡しただけでその大部分は自己の手許に保管し逐次これをもつて被告先代の債務を弁済していたこと
一、原告は昭和二十八年十月二十日に右代金全部を支払つたのでその登記を受ける段になつて右物件を他に転売するつもりであつたためその際のことを考慮して費用の安い仮登記を受けておこうと考え被告先代と話合の上原告主張の仮登記を受け後日原告又は転売した者に対する本登記を受けるに必要な被告先代名義の委任状を貰つておいたこと(右仮登記を受けていることは被告にも争のないところである)
一、ところが被告先代は右南宗雄が手附金として五十万円を受取つた際仲介人の右広谷繁雄に対し十万円を謝礼として渡していたところ手附は四十万円しか支払はれていないとか、謝礼は買主が負担するものであると云つて苦情を称え、或は原告に売つたよりも高い値段で買う者があつたのに右南宗雄や広谷繁雄等に強いられて原告に売つたものであつたとして不満を抱き、又は右南宗雄の負債整理の方法に疑問をもつて家屋の明渡を拒み先に渡した委任状によつて所有権移転の本登記ができないように改印届をしたので(改印届をしたことについては被告も争はない)原告はその後右物件について所有権移転の本登記を受けることができなくなつたこと
一、その後昭和三十年十月頃その善後策について被告先代の親族が集つて相談した結果右広谷繁雄に支払つた右十万円の謝礼の内五万円を右南宗雄が負担することとなり被告先代の収支決算をしたところ右南宗雄が原告から受取つた売買代金で被告先代の債務を弁済した残金として被告先代に返すべき額は金三十二万円(右南宗雄が負担することとなつた金五万円を含めて)と謂うことになりこれを右南宗雄が支払えば被告先代は右家屋を明渡し且つ本登記手続をするとの話合がついたこと
一、ところがその後も被告先代は右本登記に応じないので原告は右南宗雄に対して早く登記をしてくれと請求し登記をしてくれないのであれば銀行で利子を払つて作つた売買代金であるから手許に残つている代金を返してくれと要求して来たので右南宗雄は両者の間に立つて処置に窮し昭和三十年十一月頃ついに右保管中の代金残額二十九万円(前示三十二万円中の金三万円を被告先代の債務として訴外藤沢某に支払つたのでその残額)を原告に返して右売買についての代理人を辞退するに至つたこと
を認めることができ右認定に反する証人堀田管善、藤沢正真、被告桜井基、桜井岑、桜井忠平各本人の供述の一部はこれを信用することができない
尚成立に争のない乙第一号証の売買契約書によると右売買代金は百十万円であるように見えるけれども証人宮内繁治の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると原告は最初南宗雄等より右物件は訴外穴川某との間に百万円で話ができたものであるが被告先代が右穴川は政敵だから値段に拘らず売らないと云つたので契約できなつたものであるからそれより十万円高く買つてくれと云はれたのでこれを信用して一旦百十万円で買うことにして右乙第一号証を作つたところその後右穴川本人より同人との話は九十万円であつたと聞いて右南等にその不信を責めた結果これを百万円に下げさして契約を結んだ事実が認められるので右売買代金は前示認定のとおり金百万円である、
次に被告等は右売買契約は昭和三十二年十二月五日金百十五万円で買戻す契約が成立しその内払として金二十九万円を支払つている旨主張し証人堀田管善、藤沢正真の証言及び被告桜井基、桜井岑、桜井忠平各本人尋問の結果によると右主張に副うような供述がなされ又被告からその点の証拠として提出している前示乙第五号証の二の手紙にもこれに関する記載があるのであるが証人南宗雄、宮内繁治の証言及び原告本人尋問の結果を綜合するとそれは被告先代が仲々登記をしないので原告がそれなら百十五万円持つて来れば物件は返してやると云つた意味に過ぎないもので原告主張のような売戻契約が成立したものと認めるまでに至つていないことが明らかでありそのことは右乙第五号証の二の手紙の「宮内氏より今後一年内に百十五万円にて桜井氏におゆずりすると云うことを伝えてくれとのことでしたから一年むこうで売れん節は宮内氏に引渡さねばならんからその準備をするようお勧め下さい」と書かれてあることよりも判るところである。
又右買戻代金として金二十九万円を支払つているとの点についても証人南宗雄の証言により右金員は前示の右南宗雄が預つていた右売買代金の残りを原告から登記しないのであれば返してくれと要求されたために返還した金二十九万円に該るものであることが明らかであるから被告の右主張は到底採用することができない。
次に被告先代は昭和三十三年十一月十日死亡し被告五名がその相続人であることは被告の認めるところであるから被告等は被告先代の右物件に対する売主としての義務を相続によつて承継したものである、よつて被告等は原告に対し右物件を明渡し且つ原告名義に所有権移転登記手続をなすべき義務を有するものであるが(右明渡及び登記義務は代金支払と引換になすべきものであることは当事者間に争のないところであり右売買代金は一旦全部支払はれたがその後原告の要求により内金二十九万円が返還されていることは前示認定のとおりであるがその点についての同時履行の抗弁は被告より提出されていない)原告は右所有権移転登記の前提として前示の仮登記を原告主張のように更正する手続を請求しているのでこの点を案ずるに原告主張の仮登記は昭和二十八年十月三十一日附売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記であることは当事者間に争のないところであり前に掲げた証拠によると原告は右物件を同二十八年六月二十日に百万円で買受けて既にその際に売買契約を成立せしめているものであるから右仮登記は登記原因及びその日附を異にする誤つた登記であると謂うことができる。
この場合に右仮登記を原告主張のように更正することができるか否かについて考えるに完全に契約が成立している場合においては不動産登記法第二条第一号の場合にのみ仮登記が許されるもので本件の場合においてはこれを仮登記とすることは許され得ないものであり強いて考えれば裁判所の仮登記仮処分命令に基づく場合にのみ仮登記を受けることができるものである、そうすると原告主張の仮登記は同法第二条第二号に基づく場合としてなされているものであるがこのように誤つた原因日附のものであつても却下されることなく受理され登記された以上はその登記が当然無効であると謂うべきでないことは同法第百四十九条の二の規定の趣旨よりしても窺はれるところであり本件は勿論当然無効と目されるべき場今ではないから右登記を更正することによつて右過誤を是正することを許すべきが相当であると考える、尤も原告はその原因の日附を昭和二十八年十月二十日売買と更正するように主張しているが前示の証拠によつてその日は右売買代金を完済した日であり右売買契約そのものは昭和二十八年六日二十日に既に成立していたものと見るのが正しいと考へるのでその日附を正しいものに振りかえて右更正登記手続を求めることを許すべきものとする。
よつて被告等は原告に対して原告主張の仮登記の更正手続及び所有権移転登記手続をなし、又被告桜井喜久、桜井岑、桜井忠平は右売買物件中の別紙目録第一号第六号記載の建物を占有していることが証人上阪康夫の証言によつて認められるので同被告等は原告に対して右占有物件を明渡すべきものであるから原告の本訴における各請求はいづれも相当として認容すべきものである。
次に反訴について判断する。
被告主張の仮登記がなされていることは原告の認めるところであるが本訴における判断において認定したとおり被告先代桜井基は原告との間に被告主張の物件につき昭和二十八年六月二十日売買代金百万円、契約と同時に手附金五十万円、その後残金五十万円を支払う、代金支払と同時に明渡と登記手続をする約束で売買契約を結び原告が右代金を支払つたのでその所有権移転登記を受けることになつたが原告の都合で被告主張のような仮登記を受けたものであることが明らかでありその仮登記が無効のものでないことも本訴において判示したとおりであるから被告の登記抹消の請求は正当の理由がない。
よつて右仮登記の抹消手続を求める被告の反訴請求は失当として棄却すべきものである。
よつて本訴及び反訴につき民事訴訟法第八十九条第百九十六条を適用して主文のとおりに判決する。
(裁判官 永井米蔵)
目録
堺市上三百三番地の一
一、山林一反六畝五歩
同所三百四番地の一
一、宅地八百坪八合四勺
右同所地上
家屋番号同所第百十五番
第一号一、木造瓦葺平屋建 居宅
建坪 三十二坪七合
第二号一、木造瓦葺平屋建 居宅
建坪 十九坪二合
第三号一、木造瓦葺平屋建 居宅
建坪 八坪三合
第四号一、土蔵造瓦葺平屋建 倉庫
建坪 六坪
第五号一、木造瓦葺平屋建 物置
建坪 五坪九合
第六号一、木造瓦葺平屋建 物置
建坪 十一坪二合
第七号一、木造瓦葺平屋建 物置
建坪 八坪八合